松桐谷の考えごと「態度の悪い店員さんについての考察。香坂さんはご機嫌ナナメ」

「ありがとうございましたー」

と、帰り際のお客さんに店員さんが声をかける時。

お客さんは見ていないようで察知している。笑顔で送り出してくれたのか、よそ見しながらそっけなく、マニュアル通りに言っただけなのかを。

心のこもらない、愛想のないただの「セリフ」は、お客さんの心に微かな違和感を生じさせる。その違和感はクレームを言うほどではないが、回を重ねることで小さな不快感へと変わる。そして無意識にこう思うようになる。

「あそこの店員、なんとなく感じ悪い……」

そうなると、近くに同じ業種のお店があったら、お客さんは確実にそっちに行ってしまう。

逆に明るい笑顔で、にこにこ接してくれる店員さんのお店には、お客さんの足も向く。頑固さが売りのラーメン屋か、寿司屋の大将以外は、にこにこ接客しておいたほうが、断然にお客さんの印象は良くなるのだ。

そんなの当然、わざわざ書くほどのことでもない、と思われるくらい当たり前の話だと思うでしょう。ところがこれが、けっこう出来てないお店が多いのだ。

それどころか、お客さんをバッサリ返り討ちにする接客も時々見かける。

そこで今日の主役、香坂さん(21・仮名)の登場である。

香坂さんとは、私がよく行く喫茶店で働くアルバイトさん。たぶん近くの大学に通う女子大生。

香坂さんは、日によって気分のアップダウンがとても激しい。愛想の良い日は無いので、だいたい「普通の仏頂面」か「機嫌が悪い」の間をアップダウンしているのだが、ご機嫌ナナメの日は、もう、ちょっと尋常じゃないくらい機嫌が悪い。

先日その喫茶店に行った時も、香坂さんは今まで見た中で一番機嫌が悪かった。

オーダーを取りに来た時点で、とても不機嫌な顔をしているので、私はドキドキしながらアイスコーヒーとサンドイッチを頼んだ。

香坂さんは抑揚のない声で注文を繰り返し、厨房に去って行った。しばらくすると厨房から頼んだものをトレイに乗せて、私の席にやって来た。

香坂さんは手際よく、テーブルにアイスコーヒーとサンドイッチを置き、ストローやおしぼりをテキパキと並べていく。不機嫌だけど、乱暴にカップを置いたりするようなことは無い。

そう、香坂さんは不機嫌だが、仕事はきちんとこなすのだ。仏頂面だけど、仕事ぶりは普通。

――うーん、ヤル気が無いっていうわけじゃないんだなぁ、などと考えながら、食事を終えた私は、水を飲み干してしまったので、近くを通りがかった店員さんに声をかけた。

「お水のお代わり、もらえますか?」

そう言ってから、その店員さんが香坂さんだということに気づいた

――ぎゃぁぁぁ、しまったぁぁぁ、香坂さんに声をかけてしまったぁぁぁぁぁ。

痛恨のミス。でももう遅い。

それを聞いた香坂さんは、一瞬だけ眉間にしわを寄せながら片眉を上げ、イラっとした表情で、

「ハァ?」

という顔をした後、業務用の笑顔+キレていることが分かる絶妙な表情になり、

「……お待ちください(小声)」

と答え、厨房へと向かった。香坂さんの後ろ姿から(余計な手間かけさせてんじゃねぇよ!)という心の声が聞こえて、私は心底震え上がった。

会計の時にまた怖い思いをするかしら、とヒヤヒヤしたが、香坂さんはバイトのシフトが上がったようで店内にはおらず、別のアルバイトのお兄さんがレジに立ったので、私はホッと胸をなでおろした。

――っていうか、店員さんが帰ったことで客がホッとする店って、どうなのよ。

アイスコーヒーが美味しいし、何より近いから行くけど、近くなかったらもう絶対行かない。2度と来るかー、と思いつつ、結局、近さに負けて通っている。あぁ、香坂さんたら、他のお客さんにも「ハァ?」の顔してる!とハラハラしながら、香坂さんの動向を見守っている。

私の予測では、このお店は、香坂さん1人で何人ものお客さんを失っている。

これまで様々なお店の店員さんを見たけど、香坂さんは、私史上、態度の悪い店員さんベスト3に入るくらいの逸材だ。トランプの大富豪で言ったら「2」くらいの強いカードだ。

香坂さんの態度は、冒頭で書いたような、お客さんを無意識にじわじわと不快にさせるのではなく、出会い頭に袈裟がけに斬って捨てる辻斬り、みたいな、問答無用な乱暴な接客だ。

女子大生なのに、なぜ流れ者侍の風格なのかは分からないが、香坂さんはその不機嫌さで、お客さんをザクザク斬って行く。

これを受けて負傷したお客さんは、かなりの確率で帰ってこないだろう。お店は1回分のお茶代を失うだけでは無い。リピーターを失うのだ。

これはゆゆしき問題である。

どのくらいゆゆしいかと言うと、

例えば毎日、お茶を飲んで世間話に花を咲かせる、ちょっとゆとりのある年配のおばちゃん、仲良し4人組がいたとする。

コーヒーとケーキを頼んでだいたい1人700円。

4人組なので700円×4人=1日2,800円。

おばちゃん達は休日は家族と過ごしたり、用事があってお茶を飲めない日もあると見積もって、ザっと1年間の来店日が200日として、

2800円×200日=総計560,000円。

――56万円。

年間56万円の売り上げが、香坂さんの「ハァ?」1発で吹き飛ぶのである。しかも香坂さんは「ハァ?」を連発している。その都度56万円が、ボカンボカン消えていくのだ。

これはお店にとってかなりの損失だ。

「季節のスイーツ、新たに登場。
夢見る魅惑のベリー」

とかを告知するよりも、緊急になんとかしたほうがいい最優先課題だ。

私がこの店の店長さんなら、どうするだろう?

頼まれてもないのに、以下、勝手に店長になったつもりで、シミュレーションしてみる。

――私がレジに立っていると、おばちゃんの4人組に、帰り際にこう言われる。

「ちょっと何よ、あの子の態度!」
「あなたの教育がなってないんじゃないの」
「感じ悪いわー」
「ねー」

言われる通り、確かに香坂さんは態度が良くない。

でも、香坂さんは厨房のスタッフさん達には普通に接している。なぜか? それはたぶん、同僚を仕事仲間=身内だと思っているからだ。それに比べ、お客さんは面倒くさい相手くらいにしか思っていないのだ。

かと言って、この店の人手は、今の人員でちょうど回るくらい。バイトを辞めてもらうのも困る。香坂さんはめちゃめちゃ感じが悪いが、仕事は普通に出来る。

どうする?

香坂さんに直接、注意してみる?

たぶんダメだ。ふてくされるだけだろう。場合によってはバイトを辞めてしまうかもしれない。それは困る。

香坂さんが愛想よくしたくなるような、イケメン大学生のバイトを入れる?

イヤ、論外。これ以上、人件費は増やせない。

……と、この「香坂さん問題」は、3ヶ月くらい私を悩ませた。解決のヒントが見つからない。

香坂さんは態度が悪いが、かと言って仕事へのモチベーションが低いわけでもない。仕事はちゃんとやっている。

散々頭を悩ませた末、私はひとつの答えにたどり着いた。

……そうか、香坂さんは接客業に向いていないのだ!

サービス業にはやっぱり向き不向きがある。性格や個性で、どうにも接客業に向いていない人はいる。

ならば香坂さんは、厨房をメインに働いてもらうようにすればいいのでは。

同僚であるスタッフとは微笑んで会話したりしているので、身内としか接しなくていい厨房スタッフに配置替えをすればいいのだ。そうすれば香坂さんは、もっとイキイキと働けるのではないか。

適材適所と言うように、上に立つ人が、その人の個性を活かせるポジションに配置してあげることで、働く人も働きやすくなり、お客さんの流出も防ぐことが出来る。

配置換え――、

コレが今のところ、私の考えうる「香坂さん問題」への最善策である。また、別のアイデアが浮かんだら続報を書こうと思う。

そして今日もまた私は、香坂さんのいる喫茶店に通う。

香坂さんの不機嫌は、もはや私の中でスタンダードなものになっており、際立ってご機嫌が悪いと「あぁ、今日もハズレかー」と思うし、普通に仏頂面だと「お、今日は吉」などと思うようになった。

ところが、つい先日のことである。

レジでお茶代を払ったら、理由はわからないが、香坂さんはニッコリ笑って「ありがとうございました」と言ったのだ。

香坂さんが、笑った……、

香坂さんが、笑った……。

私は、クララが立ったレベルで驚愕した。

――香坂さん、6億円でも当たったのかしら。

驚きとともに、そこで初めて、笑顔の香坂さんは、とてもとても可愛いらしいことに気がついたのだった。