松桐谷の考えごと「おばちゃんについての考察。いい感じのおばちゃんになりたい」

「可愛いおばあちゃんになりたい」
……という願い。

ちょくちょく見かける。40代、50代の人よりも、わりと若い娘さん達が言う。20年ほど前の20代の頃、私も言った記憶がある。きっと多くの若い女性が口にする言葉なのだろう。

でも、この望みは、すぐには叶わない。

なぜならば、おばあちゃんになる前には「おばちゃん」をやらないといけないからだ。

だが「可愛いおばあちゃんになりたい」に比べて「可愛いおばちゃんになりたい」という発言は、あまり聞かない。これは世間の大多数の人の中に、おばちゃんは「可愛い」に属するものではない、という暗黙の了解があるからではないだろうか。

でも、お姉さんから可愛いおばあちゃんには、一足飛びにはなれない。イモムシだって一旦サナギにならねばチョウになれないように、お姉さんもおばちゃんにならねば、おばあちゃんにはならない。

しかも人生のうち、おばちゃんである期間はとても長いときている。人生のかなりの割合を占めるのだ。

どのくらい、おばちゃんの時間が長いかを把握してみる。

お姉さんとおばちゃんの境界は、かなり個人差があるし、判断する人の年齢によっても上下するので一概には言えないが、私の個人的な体感では、だいたい30代の後半くらいが、おばちゃんへの移行期じゃないかなー、と想定する。

異論もあるかもしれないが、それより前の年齢の見ず知らずの女性に、面と向かって「おばちゃん」と呼びかけるのは、ちびっこ以外は心理的にはばかられると思う。現代社会において。

とりあえず、かなりゆるーく甘めに設定して、40才からとしよう。

では、おばちゃんとおばあちゃんの境界はどこにするか。

私は、女優のあき竹城さんが目安になると考える。あき竹城さんは、おばあちゃんではなく、おばちゃん代表、という雰囲気だ。そこで、あき竹城さんより向こうをおばあちゃんとする。あき竹城さんは今70才。

すると、だいたい40才から70才までが、おばちゃん期間となる。その間、ザッと30年。

それがどのくらい人生の割合を占めるかを、グラフにするとこんな感じ。

90才まで生きたとして、少なくても人生の3分の1もあるのだ。

20代の私は、自分がおばちゃんになる日が来ることを想定せず、「可愛いおばあちゃんになりたい」と言った。しかし30年は、無視して通過出来る時間じゃない。平成がまるまる1本入る長さである。

現在、名実共におばちゃんである私は考える。

おばちゃんは誰もがなる状態だ。それなら、おばちゃんとしてより良く生きる、何か指針のようなものはないだろうか。

私はどんなおばちゃんになりたいのか。

どんな属性のおばちゃんを目指すのか。

――素敵なおばちゃんに、なりたい。

まず私は、そう考えた。

――でも、素敵を重視し過ぎて、おばちゃんという事実を受け入れず、若作りしておばちゃん呼ばわりされるのを嫌うのも、あんまり、なぁ……。

そう言うと、私は美魔女と呼ばれる人達を敬遠していると思われるかもしれないが、全然そんなことはない。むしろ逆。

美魔女とは、大変ロックな生き様なので、尊敬に値する、と常日頃から思っている。

なぜ美魔女がロックかと言えば、体制や社会に反抗するどころか、時間の流れという宇宙レベルの法則に逆らっているからだ。楯突く相手の桁が全然違う。

「こう見えて46歳。娘と一緒にいると、姉妹じゃないの⁈って驚かれるんです(笑)」

なんて微笑む美魔女マダムのロックぶりに比べたら、そこら辺の反抗的若者なんて、てんで甘い甘い、激甘。

美魔女の定義は、「才色兼備の35歳以上の女性を指し、魔法をかけているかの様に美しい(by ウィキペディア)」だそうだ。

そんな魔法があるなら、魂を売ってでもかけてもらいたいが、美人は1日にて成らず、タネも仕掛けもちゃんとある。良い素材、たゆまぬ努力、根気の良さ、忍耐力、チャレンジ精神、そしてそれらを遂行する半端ないモチベーションを持っていなければ、美の魔法にかかる資格はないのだ。

言わば美魔女とは、

「土壌作りからこだわりました。丹念に手をかけた素材の、一番いいところだけを使って作っています」

みたいな、入手困難で貴重な幻の日本酒のように、丹精込めて、手塩にかけて作られているものである。

ゆえに美魔女は、コストと莫大な労力を必要とするので、素人は気軽に参入しづらい市場である。無理やり参入しても、結果が出にくい激戦レースだ。美しいマダムにはとても憧れるけど、私のような飽き性で雑なタイプは、スタート前から落馬である。

では、そっちの茨の道に行かずに、どんな風になれば、素敵なおばちゃんと言えるのか。

素敵なおばちゃんに必要なのは何だろう。

その前におばちゃんというベース上での、素敵の定義とは!?

……と、アレコレ考えた挙句、思い至った。

素敵なおばちゃんとは、

感じのいいおばちゃん、だ!

見栄えの良さもあるに越したことはないが、それよりも「気さくで」「人のいい」「陽気な」「感じのいい」おばちゃんが、素敵なおばちゃんと言えるのでは……。

気立てが良く、いつもご機嫌で陽気なおばちゃん。年齢にとらわれず、かと言って加齢に逆らわず、自由にのんびり生きている、愉快なおばちゃん。

――あぁ、そんな感じが素敵!

そうか、私が手に入れたい素敵さとは、たぶん、生き方から滲み出る種類のものなのだ。

何を考え、どう生きているかで、どんなおばちゃんになるかは変わっていく。

シリアスに生きていればシリアスなおばちゃんになるし、キラキラ生きていれば、キラキラしたおばちゃんになる。ピリピリ生きていればピリピリしたおばちゃんになるし、愉快に生きていれば、きっと愉快なおばちゃんになれる。

――私、愉快なおばちゃんになりたい。なろう。よし、決めた。

そんなわけで私は、「ただおばちゃんでいる状態」から、今後は「愉快なおばちゃん」という明確なビジョンと方向性を持って、試行錯誤しながら生きていくことにする。

ゆるやかに、気負わずに、そして陽気に。

いくつになっても、自分のなりたい自分を目指せばいいのだ。

ファッションデザイナーのココ・シャネルも、こんな言葉を残している。

「女は40才を過ぎて、はじめて面白くなるのよ」

今から動いても遅くはない。可愛いおばあちゃんを目指す前に、まだまだ時間はたっぷりある。

何しろ人生の3分の1もあるんだから。