よこまこ道中 ビバ★ホリデー! 高知編【5】土佐湾の日の出と揺れるクジラツアー

「まこちゃん、もうすぐ日の出、日の出! 起きる?」

横水さんの声に、私はぼんやりベッドから起き上がった。

「……え、あ、うん。起きる」

私は寝ぼけたまま、横水さんに付いて歩き、部屋着のまま部屋を出て、海に向いたテラスに出る。外は薄暗く、奥行きのある雲が切れ切れにたなびいている。

「来た! まこちゃん、来た! 太陽!」

ぼやけていた海と空の境界線に、中央から真横に赤い光が伸び、じわじわと海と空を染めて行った。空に浮かぶ雲は金色に染められ、海はキラキラと金色に反射し出した。じわじわと太陽が昇り、夜から朝へ、金色のグラデーションが広がって行く。

「うわー、神々しいね~! なんか、ありがたい感じがするね~、よこちゃん」

「うん、すごくキレイだね」

「よこちゃんと一緒に、今日、このお日様を見たこと、ずっと忘れないと思う~」

「うん」

私達は刻々と色が変わっていく空と海を前に立ちつくし、ただただ見とれた。赤から金色に染まった空はとても神々しく、美しい朝焼けを披露してくれた。

「……ところで、よこちゃん、今日何時から起きてるの?」

「4時」

「ハァ? 尋常じゃない早起きだね、私には想像を絶するよ。今、6時前だけど、2日連続この時間に起きてるだけでも奇跡のような私からすると、4時は夜中だよ。おかげさまで素晴らしい日の出が見れて、ありがとう」

「どういたしまして」

「もう、このまま起きちゃうね」

「うん、それじゃ、着替えて準備して、荷造りして、チェックアウトして、ごはん食べに行こう!」

「了解!」

私と横水さんは荷物をまとめ、フロントに上がって行った。チェックアウトを済ませ、フロント横の素敵なレストランへ。ウェイターのお兄さんに窓辺の席にエスコートされる。

並べられるブレックファーストは、卵料理にパン、ハム&ウィンナー、サラダ、フルーツ、蜂蜜のかかったギリシャヨーグルト。

「グァバジュースと、マンゴージュースがあるよ、よこちゃん」

「こっちで取れたフルーツの生ジュースだね」

「なんでギリシャヨーグルト?」

「ギリシャ風のホテルだからだよ」

「あ、そっか。それにしても、海をバックに、こーんなスマートな朝食を食べちゃう私達はマダムだね、おはよう、横水夫人」

「おはよう、松桐谷夫人」

私達は笑いながら、美しい朝の土佐湾を眺めながら、優雅に朝食を食べた。

素敵なホテルを後にして、私達はクルマのトランクにスーツケースを詰め込む。2日目の始まりだ。

「では、いざ、ホエールウォッチングへ!」

ハンドルを握った横水さんが言う。

「待ってろよ! クジラ!」

助手席でシートベルトを締めた私が答える。

時刻は7時45分。ここからクルマで2時間先にあるツアーを目指すのだ。ツアーの出発時刻は11時。

「では、しゅっぱ~つ!」

ところがクルマを走らせてから5分も経たないうちに、横水さんの電話が鳴り出した。

「あれ? なんだろ」

横水さんは車を路肩に寄せて止め、電話に出る。

「ハイ、ハイ、えっ、ハイ、ハイ、分かりました~」

声のトーンが下がっていく横水さんをのぞきこみ、私はたずねる。

「どしたの、よこちゃん?」

「ホエールウォッチングのツアー、私達の乗る11時の便が、今日は波が荒くなるから欠航だって……」

「えっ!?」

「だから、今日はクジラはナシになっちゃった~」

しかし、よくばりな私はくじけない。ふと昨日見たクジラのオブジェを思いだし、

「ねぇ、よこちゃん、土佐弁のおばちゃんとこに電話してみよう」

「えっ!?」

「あのでっかいクジラのあったとこ、ここからすぐじゃん。もしかしたら、キャンセルとか出てるかもしれないし、船出前の便に間に合うかもしれないし、乗せてもらえるかもしれないよ。なんてツアー?」

横水さんは慌てて、土佐弁のおばちゃんのいるツアーの名前を言う。私は急いで検索し、電話番号を横水さんに見せる。横水さんは電話をかける。

「あの、今から2人、朝の便に乗れませんか?」

もうタクシーを頼むかのような、タイトなオーダーだ。でも、どうせもう、ここがダメならダメなのだ、問い合わせてみて損はない。

「ハイ、ハイ、ハイ、どのくらいで? …えっと、10分で行きます!」

横水さんは電話を切り、ハンドルに手をかけ、エンジンをかける。

「なんて? よこちゃん?」

「10分後に船が出るって、そこに2人入れるって。急ぐ!」

「イヤッホウ!」

「これ、今すぐ飲んで、酔い止め! 効いてくるのに時間がかかるから」

「ラジャー!」

私達は揃って酔い止めのドリンクをあおって飲み、ちょいと急ぎ目に車を走らせ、昨日の空飛ぶクジラを目指した。

はたして10分後、私と横水さんはホエールウォッチングのツアーのハウスの中にいた。運よくギリギリ間に合ったのだ。

横水さんが申し込み用紙を書いているうちに、私は2人分の乗船代金を支払う。ツアーは5時間もあるので、私はダッシュでトイレに向かう。トイレから戻ってくると今度は横水さんがトイレに走りながら、

「お金、払っといたよ~」

と言う。あれ? 2人で重複して払ってない? 私は受付の60代くらいに見えるおばちゃんのところに行き、たずねた。

「私達もしかして、2回料金を払ってませんか?」

「◎$♪×△¥○&?#$」

……ヒアリング出来ない。なんて言ってるのか、分からない。ニコニコした感じのいいおばちゃんなのだが、早口の土佐弁がネイティブ過ぎて、何を言ってるのか聞き取れない。

――あぁ、この人がずっと話題に出ていた土佐弁のおばちゃんか、と気づき、よこちゃん、よく電話でやりとりしてたなー、と思いながら、おばちゃんを相手にモタモタしていると、もう1人のおばちゃんが出てきて、もうすこしマイルドに通訳してくれ、無事に余分の乗船料金は返還された。

「まこちゃ~ん、もう船が出るって~」

「は~い!」

私達は慌ただしく船に乗り込み、席に置いてある救命胴衣をつけ、席に座った。ほどなく船はエンジン音を響かせ、船着き場を離れた。

ホエールウォッチングの船は、小型の漁船の中央部に3席5列のチェアが並べられ、上に日よけ用のテントが付いている。観光用の遊覧船ではなく、観光用に改造はしてあるけど本体は漁船。クジラのいる場所まで行くには、この仕様じゃないと行けないのだろう。船は土佐の海を知り尽くした漁師さんが操縦しているそう。

私達はギリギリ滑り込めた最後列の席に並んで座った。船は高速で波の上を走り、陸がみるみる遠ざかっていく。しばらくすると視界がぐるりと360度、水平線になった。

私達は船に揺られ、太平洋へと向かう。船の揺れはどんどん激しくなり、高波を越える船と一緒に体が上下して、フッと一瞬浮き上がるほどだ。

「まこちゃん、酔い止め、飲んでおいてよかったね~」

「うん、よこちゃん。こんなに揺れるとは思わなかったよ~」

「でも、おかげで全然酔わないね」

「うん、良かった。逆にこんなに揺れると、私の中の海賊の血が騒いで、たまらないね」

「ハハ、それは楽しいね」

そうこう言いながら、沖に出ること1時間ちょっと。船の後ろにいた漁師のおじさんが、前方を指さして言った。

「船の前のほうに出ましょうか、ちょっと見にくいけど、飛んでます」

船に乗ったツアー客は席を離れ、ぞろぞろと船の舳先に集まる。私達も前に進んだ。ぐらんぐらん揺れる船の先で、船の輪郭に沿って張られたロープの手すりにつかまり、波間に目をこらす。

シュッと見える背びれ。船の上から歓声が上がる。

「まこちゃん、見た? 今チラッと見えたね」

「見た。でも小っちゃかったね。イルカかな」

「うん、気を付けて見てないと見逃すね」

「よこちゃん、イルカはさぁ、水族館とかでも見れるじゃん、クジラを見たいよね」

「そうだね、クジラが見たいよね」

「NHKスペシャルとかみたいに、クジラがさぁ、ドバーンと半身出るくらい上がって、背中からもんどりうって海に戻る、とか、そういうことはやってくれないのかな」

「うーん、それは無理じゃないかな。高くジャンプするのが見れたらいいね」

「しょうがないか、水族館と違って野生だしね。よーし、探すぞう」

私達は、他のツアー客に混じり、海面に目をこらした。いくつかジャンプする魚体が見えるけど、でもみんなシュッと背びれや顔を見せてくれるだけで、ハッキリと目で捉えられない。なかなかシャイだ。クジラらしきものは見当たらない。

「な~んか、ごめんなさいね~、今日は波が高くて、ちょっと数が少ないです~」

と漁師のおじさんがツアー客に謝っている。

時折チラリと見えるイルカやクジラの背は、みんな素早過ぎて写真も撮れないし、サングラスをかけているものの、日差しが反射する海面をじっと見つめているのは、なかなか辛い。30分ほど経ったところで、私はすっかり飽きてきてしまい、横水さんに声をかけた。

「私、疲れた~。席に戻る~。よこちゃんは?」

「私はまだ探す!」

横水さんは船の舳先の段差に片足をかけ、掌で目の上にひさしを作り、片手で船の柱につかまり、眉を寄せ、険しい顔でサングラス越しに海を見つめている。まるで白鯨を追うエイハブ船長か、横水さんか、というくらいの、狩りをする者のような様子で、海を凝視している。

「それじゃ、よこちゃん、私はお先に戻ってるね~」

「は~い」

私は揺れる船内を手すりにつかまりながら、よろよろと移動してシートに戻った。

前の席には、船酔いでグッタリ青ざめた小学生の男の子が、ガックリ首を落としてうなだれている。出発直後からダウンして、今も全然動けないらしい。夏休みのホエールウォッチングの思い出は、この船酔い一色になるだろうな、可哀想に。

のんびり座席に座って、小学生を気の毒がりながら、何気なく船の横を見た、その時だった。

ひょいと、小さなクジラが波間から顔を出した。マットな黒いボディに長い口、口のわきに付いたキョロリとした目。一瞬目が合ったかと思った後、クジラはすぐさま海中に姿を消した。

――クジラだ! 顔が見えた!

私は生まれて初めて、生のクジラを目撃した。そしてクジラは、図鑑で見るように本当にムニュッとした、笑ったような口をしていた。一瞬見えたクジラは、写真に撮ることは出来なかったけど、しっかり心に焼き付けた。

(↓私の記憶によるクジラの図)

――あぁ、私、クジラを見た。クジラを見れて、本当に良かった。病気で何度も死にそうになったけど、この目でクジラを見ることが出来て本当に良かった。クジラを見ずに死ななくて、本当に良かった。

そう思ってウッカリ涙ぐみそうになっていると、横水さんが席に戻ってきた。

「よこちゃん、どうだった? 私はクジラを見たよ!」

「うふふ、私は動画撮れたよ~」

「すごいじゃん!」

私と横水さんが、お互いにお互いの成果を報告し合っていると、船の揺れが急に激しくなり、漁師のおじさんが言った。

「波が高くなってきたので、時間は早いですけど、申し訳ないです~、陸に戻ります~」

船は船着き場に向かって戻ることになった。横水さんの動画を見ながら、私達はそれぞれに満足し、半ば無理やりホエールウォッチングに来ることが出来たことを心から感謝したのだった。

船着き場に横づけされた船から降り、クルマへと戻る。5時間の予定のツアーは、波の荒さで短縮になったため、3時間ほどで終わった。

そもそもホテルから2時間先のツアーに行くつもりでいた私達は、この日1日をツアーだけに充てるよう予定していたため、予定していたツアーまでの往復4時間、ツアーの短縮分2時間、合計6時間が浮いて、午前中に今日の予定が終わってしまった。時刻は11時半を回ったところ。

「これからどうする、よこちゃん」

「まこちゃん、そろそろお腹すかない? 」

「すいたー。もうそろそろ高知の名物など食べてもいい頃合いー」

「それじゃ、高知駅のそばに、ひろめ市場っていう市場があって、食事したりお土産見たりできるところがあるから、そこに行かない?」

「そうしよう! そこで美味しいものを食べよう!」

私達のクルマは、高知駅を目指した。途中、赤信号で止まると目の前に立派なお城が見えた。

「まこちゃん、前見て! 高知城だよ!」

「おぉ! 高知城って、立派な城なんだね」

高知城は江戸時代に建造された天守や本丸御殿、門等が現存し、城跡は国の史跡にも指定されている。日本100名城に選定されるだけあって、とても美しく、立派なお城だ。

……が、お腹を空かせた私達は、信号待ちの間だけ、クルマの中から高知城を見物し、信号が青に変わると左折して高知駅に向かった。

途中で、はりまや橋も通過した。はりまや橋とは、よさこい節の一節、

「土佐の高知の はりまや橋で
坊さんかんざし 買うを見た
よさこい よさこい」

に出てくる、はりまや橋だ。

今回の旅に来るまで、髪の無い坊さんのくせにかんざしを買うなんて愉快だね、っていう話かと思っていたら、純信というお坊さんが、恋しい鋳掛屋(鍋や釜などの修理をするお店)の娘、お馬のために髪飾りを買った、という悲恋の物語なんだそうだ。全然違った。

ちなみに、「よさこい」とは、「夜においで」という意味なのだそう。よさこい祭りは8月の前半に行われ、100万人の人出があるという、四国三大祭りのひとつだ。

現在のはりまや橋は、昔々の朱色の欄干から、普通の石造りの橋に架け替えられていた。私達は見に行かなかったけど、近くのはりやま公園に、太鼓橋タイプの朱色の欄干の橋が復元されているらしい。

私達は現在のはりまや橋を通り抜け、駅へと向かう。

駅近くに「ひろめ市場」という看板が出ているのを発見し、近くの駐車場に車を止めた。

ひろめ市場の中には、飲食店や土産物屋、地酒などが味わえるバー、魚介を売るお店などがあった。観光客向けに作られた市場は、テイクアウトの食べ物を出す店も多いらしく、屋台村のように椅子やテーブルが並べられ、買ったものを食べられるスペースもある。私達が到着したのはお昼だったので、まだ開いてない店もいくつかあった。きっと夜のほうが賑わうのだろう。

私達は一通り市場の中を物色した後、地産の新鮮食材を使ったランチの説明が黒板に書いてある、ちょっとナチュラルな雰囲気のカフェに入ることにした。

メインディッシュが選べるランチプレートをそれぞれオーダーする。

地元の牛肉を使ったローストビーフが、柔らかく、とても美味しい。満足した私達は、カフェを後にして、土産物屋めぐりをすることにした。

横水さんは、刻み生姜、ゆず塩、あおさなど、料理に使えるものを買っている。私は料理をしないので、甘い物好きの夫のために、高知銘菓の「土佐日記」という、餡をくるんだ餅のお菓子を買った。それと、2人とも土佐の地酒を購入。

その土地の土産物をあれこれ見物しながら、買い物するのは楽しい作業だ。ああでもない、こうでもないと言ってひやかしながら、私達は土産物屋をはしごして歩いた。

アレコレ買い物をして土産物探しも気が済んだ私達は、ひと休みすることにした。市場の中の別のカフェに陣取り、まったりおしゃべりをしながら考える。

「飛行機は夜の8時発だからね、今、3時過ぎだから、まだどこか行けるよ、まこちゃん」

「思いのほかクジラがショートカットで済んで、自由時間いっぱいあるね。どこに行く?」

「モネの庭リベンジっていう手もあるけど、片道2時間くらいかかるしねぇ」

「うん、あんまり遠いと時間なくなって焦るかも。このあたりで、観光が出来そうなところを探そう」

私はiPhoneで、高知駅近辺の観光施設を検索する。

「お! 庭園のあるお寺があるよ、竹林寺だって」

「ふーん、どんなとこ?」

「日本に3つしかない文殊菩薩がご本尊なんだって」

「へぇー、文殊菩薩って何のご利益があるの?」

「えーとね、ウィキペディアによると、『文殊菩薩、マンジュシュリーは、大乗仏教の菩薩のひとつ。一般に智慧を司る仏とされる』だって。それと、庭園は有名な日本庭園らしいよ。鎌倉時代の夢窓国師っていう偉い禅のお坊さんの作った庭だって。モネの庭の替わりに、日本庭園でもいいかもね」

「智慧の菩薩様ね~、いいね、良さそうだね」

「あ、なんかね、こうも書いてある。

『聖武天皇が、唐の五台山で文殊菩薩に拝する夢を見た。天皇は五台山に似た山を捜すように命じたところ、この地が霊地であると感得し、栴檀の木に文殊菩薩像を刻み、山上に堂を建立し、安置したという』だって。

いわゆる、スーパー・パワースポットだね。四国巡礼の霊場でもあるよ」

「いいね!  そこに行こう!」

「コレ、文殊菩薩が私達を呼んじゃってるよね」

「うん、呼んじゃってるね」

私と横水さんは、押しつけがましいスピリチュアルは大の苦手だが、自分たちが勝手にスピリチュアルっぽいことを言うのは大好きなのだ。

「行こう、竹林寺」

「行こう、竹林寺」

私達はひろめ市場を後にして、竹林寺を目指すことにした。

後から知ったのだが、この竹林寺は、先に出てきたはりまや橋でかんざしを買ったお坊さん、純信のいたお寺でもある。そんなことは知らずに、私達は文殊菩薩に呼ばれて、竹林寺に行くことになったのだった。

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